2026年1月15日。午後8時ごろ。
その日も、いつもと変わらない一日のはずだった。
私はひとり、事務所にいた。
仕事をしている途中、トイレに行こうと席を立った。
そして便座に座った――その瞬間だった。
突然、左手に異変が走った。
しびれとは少し違う。
左手の中を何かが波打つような、不思議な感覚。
「なんだ、これ……?」
次第に、自分の意思ではどうすることもできない感覚へと変わっていった。
左手が動かない。
今思えば、あれが私の人生を大きく変えることになる「麻痺」の始まりだった。
ただ、その時の私は、まだ何が起きているのか理解できていなかった。
「少し落ち着けば治るかもしれない」
そんな気持ちもあったと思う。
焦りながらトイレを出て、いったん椅子に座ろうとした。
しかし、座れない。
身体が思うように動かない。
椅子に腰を下ろすことすらできず、そのまま床へ転倒してしまった。
「立たなきゃ」
そう思って、床に手をつき、何とか身体を起こそうとした。
だが、立ち上がれない。
何度やろうとしても、自分の身体が言うことを聞いてくれない。
ここで初めて私は、
「これは、大変なことが起きている」
と気づいた。
慌てて携帯電話を手に取り、家内へ電話をかけた。
「救急車を呼んでくれ」
突然そんなことを言われても、最初は家内も何が起きているのか分からなかったのだと思う。
普段の私からは想像できない話だったからか、なかなか事態を信じてもらえなかった。
それでも電話で話しているうちに、家内も私の様子がおかしいことに気づいた。
そして、すぐに救急車を手配してくれた。
私の事務所は自宅から近かった。
救急車が到着するよりも先に、家内が事務所まで走ってきてくれた。
床から思うように動けない私。
そのそばで家内と二人、救急車を待った。
このあたりからだろうか。
私の記憶は、少しずつ曖昧になっていく。
意識が遠くなり、頭の中に霧がかかったような感覚。
救急車が到着し、私は車内へ運び込まれた。
「これで病院へ行ける」
そう思ったのも束の間だった。
救急隊員の方が、受け入れてくれる病院を探して何か所も連絡をしてくれていた。
しかし、なかなか受け入れ先が決まらない。
救急車の中で時間だけが過ぎていく。
そのころの私は、すでに意識が朦朧としていたため、どのくらいの時間が経ったのかも分からない。
ようやく受け入れてくれる病院が決まり、救急搬送された。
そして、検査。
そこで告げられた診断は――
脳だけではない。
心臓も。腎臓も。
身体の中で、同時にいくつもの重大な異変が起きていた。
そして医師から告げられた言葉は、私や家族にとって、これから先の人生に絶望を感じさせるような言葉だった。
あの日。
2026年1月15日。
トイレの便座に座った、ほんの一瞬を境に、私の人生は、それまでとはまったく違うものになった。
あの時の私はまだ知らなかった。
ここから先、歩くこと。手を動かすこと。食事をすること。
そして、もう一度「普通に生きる」こと。
これまで当たり前だったことを、一つずつ取り戻していく長い闘いが始まることを――。
※本コラムは、脳卒中当事者本人の実体験をもとに綴っています。症状や経過は人によって異なります。