急性期病院での治療も少しずつ進み、いよいよ回復期病院へ転院する。
そんな話が現実的になってきた頃だった。
私は、「これから本格的にリハビリができる」そう思っていた。
身体を動かす。歩く練習をする。手を動かす。少しでも元の生活に近づく。
ようやく前へ進める。そんな気持ちだったと思う。
しかし、転院を目前にして行われた血液検査で、異常な炎症反応が見つかった。
何かがおかしい。
急遽、CT検査を受けることになった。
そして、そこで新たに見つかった病気。それが、「憩室炎」だった。
しかも、状態は決して軽いものではなかった。
栄養は、静脈からカテーテルを使って点滴で入れることになった。
口から食べることも、水を飲むこともできない。
ようやく脳出血が落ち着き、これからリハビリを始められると思っていた矢先だった。
また、治療。
また、ベッドの上。
また、動けない時間。
今振り返れば、かなりつらい状況だったと思う。
ただ当時の私は、まだ頭が朦朧としていた。そのためか、「食べられない」「飲めない」という身体的なつらさを、思っていたほど強く感じていなかった。
それよりも、別の変化が少しずつ始まっていた。
理由は分からない。何か具体的に怖いものがあるわけでもない。
それなのに、得体の知れない不安感に襲われるようになった。
この先、自分はどうなるのか。
歩けるようになるのか。左手は動くようになるのか。家に帰れるのか。仕事はできるのか。
そして、本当に元の生活へ戻れるのか。
次から次へと不安が頭の中に浮かんでくる。考えないようにしても、また考えてしまう。
身体の治療とは別のところで、少しずつ自分の心が崩れていく。
今思い返すと、この頃からだったのだと思う。
身体だけではなく、精神的にも大きく揺さぶられ始めたのは。
そんな入院生活の中で、私が楽しみにしていた時間があった。
それが、リハビリだった。
急性期病院で行われるリハビリの時間は決して多くなかった。
それでも、その時間だけは、「自分は回復するために何かをしている」そう感じることができた。
動かしにくい手を必死に動かす。思うように動かない足を何度も動かす。
昨日より少しでも。ほんの少しでも。動くようになってほしい。
必死だった。
リハビリの時間だけは、不安よりも、「治したい」という気持ちの方が強かった。
しかし、身体が少しずつ回復へ向かおうとする一方で、私の心の中では、自分でもまだ理解できない変化が始まっていた。
この先、その不安は少しずつ大きくなり、私自身を苦しめることになる。
そしてやがて、ようやく回復期病院へ移る時がやってくる――。
※第4話は近日公開予定です。
※本コラムは、脳卒中当事者本人の実体験をもとに綴っています。症状や経過は人によって異なります。