当事者管理者Aの発症から今 #06 NEW

お母さんのことだけは、
よろしく頼む。

止められない不安と、支えてくれた家族。
病気で倒れてから、初めて涙があふれた。

急性期病院にいた頃から始まった不安は、回復期病院へ移ってから、さらに強くなっていった。

血圧が少し高ければ、「また脳出血を起こすのではないか」

鼻や頭に違和感を覚えれば、「蓄膿症ではないか」

次から次へと不安になる材料を探し、それを面会に来てくれた家内へ訴えていた。

一つの不安が落ち着いても、また別の不安が現れる。

「大丈夫」と言われても、安心できない。

頭では考え過ぎだと分かっていても、不安を止めることができなかった。

そのたびに、家内を困らせていたと思う。

ただでさえ家内は、私が倒れたことで生活が一変し、大きな不安を抱えていた。

それなのに私は、自分の不安を家内にぶつけ続けていた。

今振り返ると、あの激しい不安も、脳出血による後遺症の影響があったのではないかと思う。

しかし当時は、そんなことを考える余裕もなかった。

ただ怖かった。

また何かが起きるのではないか。このまま治らないのではないか。家族の元へ帰れないのではないか。

理由の分からない恐怖が、いつも心の中にあった。

・・・

そんな入院生活の中、たくさんの人がお見舞いに来てくれた。

息子たちとその家族。

家内の両親。

義理の兄とその家族。

実の姉。

そして、仕事でお世話になっていた友人たち。

自分がこれまで、どれほど多くの人に支えられて生きてきたのか。

病院のベッドの上で、初めて気づかされた。

その中でも、特に強く覚えているのが、息子たちのお見舞いだった。

ある日、次男と二人で話す時間があった。

何を話したのか、そのすべてを覚えているわけではない。

けれど、私の口から自然に出た言葉だけは、今でもはっきり覚えている。

「お母さんのことだけは、よろしく頼む」

その言葉を口にした瞬間、涙があふれた。

病気で倒れてから、初めて泣いた。

自分の身体のことでは、泣かなかった。

歩けないことでも、左手が動かないことでも、泣かなかった。

けれど、家内のこれからを考えたとき、どうしても涙を止めることができなかった。

もし自分に何かあったら。

もし、このまま家に帰れなかったら。

家内を一人にしてしまうかもしれない。

そんな思いが、ずっと心の奥にあったのだと思う。

同じ言葉を、長男にも伝えた。

「お母さんのことだけは、よろしく頼む」

それは、二人の息子にお願いした、たった一つのことだった。

二人なら、きっと家内を支えてくれる。

そう思えたことが、私にとってどれほど心強かったか分からない。

・・・

そして同時に、私は初めて、自分が死ぬかもしれなかったという現実と向き合った。

なぜ自分は助かったのか。

なぜ生き残ることができたのか。

この先、自分は何をして生きていくのか。

病気になる前には考えたこともなかった問いが、少しずつ心の中に浮かぶようになった。

私は、生き残った意味を考え始めていた。

その答えは、まだ分からない。

ただ、この経験を自分の中だけで終わらせてはいけない。

いつの日か、同じように脳卒中で倒れ、不安の中にいる誰かのためにできることがあるのではないか。

その時はまだ形になっていなかった思いが、心の奥で少しずつ芽生え始めていた――。

※第7話は近日公開予定です。
※本コラムは、脳卒中当事者本人の実体験をもとに綴っています。症状や経過は人によって異なります。