急性期病院に入院してから、約1か月。
右視床出血だけでなく、心不全、腎不全、そして憩室炎。
次々と起こる問題を乗り越え、ようやく回復期病院への転院が決まった。
「これで、やっと本格的なリハビリが始められる」
当時の私は、そんな思いでいっぱいだったと思う。
しかし、その一方で、家族は大きな不安の中にいた。
それまで、家のことも、仕事のことも、大切な判断も、夫である私が決めることが多かった。
その私が、ある日突然倒れた。
頼りにしていた存在が、いきなりいなくなってしまった家内は、どれほど不安だったのだろう。
病院から何を言われても、これからどうすればよいのか、自分で考え、決めなければならない。
家内にとっても、これまでとはまったく違う生活が突然始まっていた。
そんな家内を支えてくれたのが、二人の息子だった。
私が病院で治療を受けている間、息子たちは家内のそばにいて、しっかりと支えてくれていた。
そのことを私が知ったのは、ずっと後になってからだった。
自分が倒れてしまったことで、家族にも大きな負担をかけていた。
しかし当時の私は、自分の身体と向き合うことで精いっぱいで、そこまで考える余裕はなかった。
回復期病院を選ぶ際、私たちが重視した条件は、とても単純なものだった。
自宅から比較的近いこと。
そして、面会時間が長いこと。
家内が通いやすく、少しでも長く一緒にいられる病院。その条件を中心に転院先を決めた。
リハビリの内容や、セラピストの体制、脳卒中後の上肢リハビリにどれほど力を入れているのか。
今なら、確認しておくべきことがいくつも思い浮かぶ。
しかし当時は、病院を選ぶための知識も、冷静に調べる余裕もなかった。
そして後になって私は、この病院の選び方を後悔することになる。
転院の日。
記憶は少し曖昧だが、介護タクシーに乗り、車いすのまま移動したと思う。
新しい病院は海に近く、建物も小奇麗なリハビリ病院だった。
初めて足を踏み入れた病院。初めて見るスタッフ。これから始まる新しい入院生活。
普通なら不安を感じてもおかしくない。
それでも私の中にあったのは、不安よりも安堵だった。
急性期病院にいた頃から、私はずっと焦っていた。
「早くリハビリを始めたい」
「少しでも早く身体を動かしたい」
「早く元の生活に戻りたい」
その思いばかりが、頭の中を占めていた。
ようやく始まる。ここから本格的に回復していける。
この病院で頑張れば、きっと身体は元に戻っていく。
私は、そう信じていた。
しかし、実際に始まった回復期病院での生活は、私が思い描いていたものとは少し違っていた。
最初に待っていたのは、リハビリ以前の問題だった――。
※本コラムは、脳卒中当事者本人の実体験をもとに綴っています。症状や経過は人によって異なります。